菩提寺
宮田歯科三田診療所 院長宮田です。
広辞苑に菩提示は『一家代々帰依して葬式・追善供養などを営む寺』とあります。(死者の霊前に物を供えて冥福を祈って仏事を行うこと)即ち葬式とその後の49日や何回忌といった追善供養をお願いするお寺となります。
では、いつ頃から菩提寺(お寺)と檀家という関係は始まったのでしょうか。時代は徳川幕府までさかのぼります。
日本史によれば、応仁の乱(1467年)を皮切りに、秀吉の天下統一に至る100年間は、各地の有力武将が全国制覇をもくろんだ戦乱の時代でした。それと同時に、実は宗教内戦の時代であったともされ、天台、真言といった伝統仏教と鎌倉仏教徒の対立や浄土宗の弾圧、全国に相次いだ宗教一揆、そして、キリスト教という新しい宗教の伝来なども、仏教との間に激しい摩擦が起こっていたとされています。中でも信長による比叡山の焼き打ちなど大きな出来事が起こりました。
後の家康も、1563年に領内で起きた浄土真宗信仰の抑えようとして、鉄砲玉2発を受けるという際どい目にあったと記載されています。その後、豊臣政権もそろそろ終わりと見極めた家康は1601年に主なお寺に『寺ごとの法度』(決まり)などを出させ、一方的な押し付けという形ではなく、中世以来の特権などの廃止など命じました。しかしながら、徳川政権が安定した1665年、4代将軍家綱は『諸宗寺院法度』という9か条の掟をお寺に出し、強力な支配へと移行していきました。
その内容は、全宗派において、大本山、中本山、直本寺、末本寺などと格付けを行い、各宗派トップの大本山にはそのグループの管理権限を与えるとともに、装の服装・修行の期間・葬式・日常の心得・住職の任命などの決定権を与える内容です。しかし、大本山『最高責任者の任命は幕府の承認が必要と定める』と締めてあり、つまり、各宗派のトップを抑え幕府の統制が末端まで届くシステムを作りあげました。(大本山に所属する寺の数を提出させたところ、日本全国で”12080″の寺があることが判明)
そして、その法度で、キリシタンと日蓮宗の不受布施派(ふじゅふせは)(幕府の統制に従わない日蓮宗信者)は『禁教』として厳しく取り締まられました。
しかし、それでも、西日本に広がっていったキリシタン信仰は根強く、天草四郎を盟主とするキリスト教徒約3万人が武装蜂起してしまいました。いわゆる『島原の乱』です。
幕府は慌てて、全国民を全て仏教の網で囲もうともくろみ新たな制度を作りました。その制度が『寺請制度(じだんせいど)』です。キリシタンなどの炙り出し方法として考えられました。この制度によって、私たちのご先祖は住まいの近くのお寺に住民登録をさせられました。さらに、住民は毎年一回、家族一覧を寺に提出することを義務とされ(ある意味、国税調査の始まりでもあります。)寺はこの届けによって『宗旨人別帳(しゅうしにんべっちょう):宗派台帳』という台帳を作成して村役人に提出していました。
又、結婚や出稼ぎ、旅行など住まいから離れるときは、寺から証文をもらい持ち歩いたとされています。
この制度により幕府は人口動態をつかみ『隠れキリシタン』と『不受不施派』の摘発に大きな成果を収めたとされています。
この制度の中で、寺を檀那寺(だんなじ)、住民を檀家(だんか)と呼ばれました。普段私たちが目上の方に対する敬称として使う『旦那』という言葉から発想されたものとされています。
壇は漢音読みでは『タン』ですが、『ダン』と濁って呉音で呼んでいることから、寺の本堂の壇を意味していると思われます。
また、本尊を安置する須弥壇(しゅみだん:仏教界では世界の中心に立つという意味)を中心にして、お寺と庶民(檀家)の上下の立場の違いを明白にします。
現在でも、寺の改築や修理の費用は檀家の人たちで負担し、寺が主催する宗祖の命日忌、盆、彼岸の供養することや、年忌は寺と自宅で、100回忌まで行うなど、特に他方ではいまだ行われています。
菩提寺(お寺)と檀家の関係は江戸時代にありました。
ちなみに、平成118年度の文化庁調べによると日本にある仏教宗派は154団体が存在しているそうですが今現在、主流となっている13宗派をご紹介しましょう。
開祖人
法相宗(ほっそうしゅう) 道昭(どんしょう)
華厳宗(けごんしゅう) 審祥(しんしょう
津宗(つしゅう) 鑑真(かんじん)
天台宗(てんだいしゅう) 最澄(さいちょう)
真言宗(しんごんしゅう) 空海(くうかい)
融通念仏宗(ゆうずうねんぶつしゅう) 良忍(りょうにん)
浄土宗(じょうどしゅう) 法然(ほうぜん
臨済宗(りんざいしゅう) 栄西(えいざい)
曹洞宗(そうとうしゅう) 道元(どうげん)
真宗(しんしゅう) 親鸞(しんらん)
日蓮宗(にちれんしゅう) 日蓮(にちれん)
時宗(じしゅう) 一遍(いっぺん)
黄檗宗(おうばくしゅう) 隠元(いんげん)
しかし、仏教はこんなに宗派が多いのでしょう。
もとをたどれば、お釈迦様という人物が与えた思想に行くつく仏教がなぜこんなに枝分れしてしまったんだろう。
お釈迦様は40年余り、インド各地で教えを広めていましたが、それを文字にすることはありませんでした。そのため、釈迦の教えを正確に伝えられる直弟子はいなかったのです。
現在、世界の三大宗教とされているキリスト教とイスラム教は一神教ですが、キリスト教がローマカトリックと東方正教会、プロテスタント、英国協会の4派。
イスラム教はシーア派とスンニ派の二派で仏教ほど宗派は多くありません。
キリスト教に聖書、イスラム教にはコーランという根本聖典がありますので神が何を語りかけているか2000年たった今でも知ることができます。
しかし、仏教にはお経という後世作られた作者不明の文書は数多くありますが、お釈迦様の正確な教えの文章が存在しません。
釈迦仏教と皮一枚繋がっていれば仏教となることができるのです。